タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムは、3月19日(土)から5月2日(土)まで、ストリート・フォトの先駆者と称される20世紀を代表するドキュメント写真家、エド・ヴァン・デル・エルスケン個展「セーヌ左岸の恋」を開催いたします。本展では、1956年に発表された処女写真集『セーヌ左岸の恋』(Love on the Left Bank, 1956)に収録され、1970-80年代に本人の手によってプリントされた作品15点を展示いたします。
1925年オランダ・アムステルダムに生まれたエルスケンは(1990年没)、第二次世界大戦後、父親の9×12判カメラで写真を撮り始め、フリーのカメラマンとして各地を転々としながら街の姿を写してきました。戦後の虚無感や復興期の文化的貧困と、新しい社会・文化への渇望の狭間でもがきながら、エルスケンは1950年にヒッチハイクでパリへと向かいます。当時のパリでは、目的もなく荒んだ生活を送る若者たちがセーヌ左岸のサン・ジェルマン・デ・プレにたむろしていました。さまざまな国の若いボヘミアンの一群に加わり寝食をともにしながら、虚無的で奔放な実存主義の青春像に強く魅了されたエルスケンは、その後の数年間彼らを撮り続けました。これらの写真は、当時「The Family of Man」展(1955年)のためパリを訪れていたニューヨーク近代美術館(MoMA)の写真部長エドワード・スタイケンの目に留まり、スタイケンのアドバイスのもと、セーヌ左岸のカフェで人生を過ごす女性アンに思いを寄せる、エルスケンの分身ともいえる若いメキシコ人の報われぬ恋の物語として、『セーヌ左岸の恋』(1956年)へと組み上げられました。
フォト・イメージで綴られたストーリーかフォト・ノベルのように構成されていて、時代のドキュメントとしての写真と、個人的な係わり合いの堆積物としての写真の、実に説得力のあるコンビネーションにある。……エルスケンは、このストーリーを、1950年から1955年の間、パリを放浪しているときに撮った写真から「構成」した。エルスケンの実際の主題は、彼もその一部であったその世代、戦争で何か大切なものを失ってしまった世代の、人生に対する感情だった。エルスケンは、彼の写真で、戦前のドキュメンタリー写真においてある意味では距離の慣習ともなっていたことを破った。
リプシメー・フィッサー「Once Upon a Time エド・ファン・デル・エルスケン、写真、1948~88」『ONCE UPON A TIME エルスケン写真展』朝日新聞社、1993年、pp.12-13
コントラストが強く荒々しいタッチのイメージ、作家の個性を前面に出し、その人生経験を主観的・直感的に記録した「パーソナル・フォトグラフィー」、現実をドキュメントしながら虚構の物語を創造する「ドキュ・ドラマ」と呼ばれた編集手法――写真界に新風と感動を吹き込んだ写真集は、細江英公、篠山紀信、荒木経惟など、日本の写真家にも大きな影響を与えています。1975年の来日時に暗室を提供した細江が驚嘆したという、独自の技法から生み出された、純黒のメリハリのきいた力強いエルスケン・プリントをご堪能下さい。