―妖精の琴線― 阿部 浩に寄せて
阿部 浩は、原野に素足のままで立っている。否、走っている。
今日まで彼は、ちょうど獲物を狙う獣のように、息を鎮め、姿勢を押さえて、ターゲットに接近してゆく視線をタブローに配置してきた。
だがしかし、今、私の眼前にある内的立像と命名された三枚の彼の近作には、長い季節、彼の胸中のガラスの器に培養されてきた「美」を結晶する精巧な設計図が、一気に羽化を遂げ暁闇の虚空に解き放たれた感がある。
そう、彼の内なる今日までの冷えた禁欲とも云える自己規律から彼は、今、正に狩り人の本能を解禁し、身震いをし、タブローの中に狼煙を上げ、骨を研いで立ち上がっている。
そして、その足下に飛散してゆくガラスの破片は、獲物を生身のままで銜え捕った悲鳴にも似た彼の、おののきと、ときめき、を眩ゆく反映して煌めく。
風が吹いている。内的立像と私の間を風が吹き抜けてゆく。阿部 浩と私の鼓動が強く波打ちながら交歓する風が…
そう、正に、こうした双方の命がけの交歓の、至福の時空にこそ、美の妖精が自からの花芯の琴線を奏で、素顔を発光させて降臨してくるのだ。
阿部 浩はこれからも、強い視線を照射し、原野を踏み分け、狼煙を天に昇華し、骨を磨いては地への帰化を目論みながら、更なる獲物、否、美神を求めて走り続けてゆくであろう。
清水 晃