タカ・イシイギャラリーは、1月10日(土)から2月7日(土)まで、マーティン・キッペンバーガーの個展を開催いたします。本展は、マーティン・キッペンバーガー財団とギャラリー・ギゼラ・キャピテンの協力による、キッペンバーガーの日本における初めての大規模な個展となります。キッペンバーガーは、1970年代後半から1990年代にかけてのポストモダンを先導した、戦後ドイツで最も影響力のある作家のひとりとしてその名を知られています。美術家、俳優、小説家、音楽家、ダンサー、大酒飲み、旅行者など、多面的な芸術家であろうとした破天荒な生涯と結びつくように、その制作活動もまた、絵画、彫刻、コラージュ、ポスター、写真、パフォーマンス、インスタレーション、書籍など、さまざまなメディアを駆使し、多彩で夥しい数の作品を生み出しました。本展の核を成すのは、1990年代に制作された38点のマルチプル作品、6点のポスター、1点のペインティング、3点のホテル・ドローイングによる大型のインスタレーションです。これまで日本でまとめて作品を見る機会のなかった貴重なキッペンバーガーの作品をご堪能ください。
キッペンバーガーは、観客に衝撃を与えて困惑を引き起こすことを自身の戦略としていました。彼はしばしば、その作品において、芸術が持つとされる社会的機能に疑問を呈しています。たとえば1987年に、彼はゲルハルト・リヒターのグレイ・ペインティングを購入し、この絵を天板としたコーヒーテーブルを作って自身の作品として発表しました。極めて大きな波紋を呼んだこの作品を通して彼は、高額な絵画の市場価値を破壊することを目的としたのです。また、本展の展示作品でも用いられたマルチプルという媒体は、「市場でもっとも手に入れやすいリーズナブルな現代美術」として、キッペンバーガーにとって非常に重要でした。彼は公然と、商業的なマルチプル作品とペインティングなどのユニーク作品を平等に扱うことで美術市場に対する皮肉をあらわしました。ポスター作品もまた、彼のユーモア、社会風刺、挑発的なイメージや暗示の巧妙な組み合わせを表現するには最適な媒体でした。
本展で展示される「ブラック・ラバー・ペインティング」(1991年)は、キャンバスの表面がラテックスで覆われた、ほとんど彫刻のアイデアに近い実験的な絵画作品です。画面には、キッペンバーガーの代表作から象徴的なイメージが引用されています。よく知られている酔っぱらった街灯のイメージや、地下鉄のエントランスの扉の作品に使われたLord Jim Loge(1980年代にマーティン・キッペンバーガー、イェルク·シュリック、アルバート・オーレン、そしてヴォルフガング·バウアーによって設立されたアートグループ)のシンボル・マーク、大規模なインスタレーション作品「The Happy End of Franz Kafka's “Amerika”」(1994年)の一部である椅子のイメージ、そして絵画シリーズ「Fred the frog」(1988年)からの目玉焼きと親指のイメージが描かれています。ブラック・ラバー・ペインティングは、キッペンバーガーの思考世界と極めて広範囲に及ぶ彼の参照システムを体現する、彼独特の黒色モノクローム・ペインティングととらえることができるでしょう。
同じく本展で展示されるマルチプル作品は、キッペンバーガーの作品について知る入り口になるだけでなく、ほかの作家達や現代美術界と彼の関係や、さらには彼の作品自体についてさまざまな解釈の可能性を与えてくれます。これらの作品には、ギュンター・フェルク、ブルース・ナウマン、スーザン・ローゼンバーグ、バーネット・ニューマン、ロバート・ライマン、そしてミニマリズムやその時代の政治思想が参照されており、またそれらには彼独特の制作方法や、現代美術界や仲間との繋がり方、ユーモアのセンス、社会と傲慢への批判、政治的態度に関する発言、混在するハイ・カルチャーとロー・カルチャー、反復という概念など、さまざまな要素を見ることができます。加えて、これら多くの作品には彼自身が反映されています。すべての作品には語るべき物語があり、またそれらは作品のみならず作家の思考をも明らかにするのです。
本展は1990年に行われた展覧会を一部「反復」する形式をとります。90年の展覧会の際にキッペンバーガーは、シンプリ―・レッドの「If you don't know me by now」という曲をサウンドトラックとして使用しました。本展でも再現されるこの曲が観客への挨拶代わりとなり、また作品の展示空間へ誘い、そして皆がキッペンバーガーの宇宙をより深く理解する手助けとなるでしょう。