ROOM1 逆光
逆光。それは, 画家や彫刻家が, 自己の表現したいものを浮き彫りにするために欠くことのできない要素として, とりわけ重要ではないでしょうか。
ジェームズ・アンソール(James Ensor, 1860-1949)の油彩《キリストの誘惑》1913年は, 彼方からの眩いばかりの光に照射されたキリストと悪魔, その眼下にひろがる奇妙な都市の反射光によって, 印象派的な外交ではなく聖書の一場面を表現するのにふさわしい神秘的な光を生み出しています。画面を支配する圧倒的な量の光は, プリズムを透過したような, 固有の色彩を与えられた無数の筆触から成り立っています。そこにアンソールの光に対する鋭い感受性があらわれています。
そして当館の所蔵品の核となるオノレ・ドーミエ(Honoré Daumier, 1808-1879)の作品もまた魅力ある光にあふれています。アンソールも模写したドーミエの作品は, デッサンを重視する芸術家たちにとってもひとつの規範となる確かな骨格をもっています。モチーフは, 諷刺画家ドーミエの鋭い眼差しによって見い出された特徴あるシルエットを浮かび上がらせ, 優れたデッサン家のみが描くことができる類まれな光と影の効果により, その本質も暴かれています。また, ルイ・ル・ブロッキー(Louis le Brocquy, 1916-2012)は自身の作品について, 「イメージを何も無いところから, 光から, いわば真っ白なカンヴァスの深みから, 呼び出す」もので, 絵画は「発見したり, 隠れていたものをむきだしにする過程」であると語っています。今回出品する《サミュエル・ベケット像》1990年も, 鑑賞者が向き合う画中の対象を背後から照らし, こちら側へ向かってくる光, 対峙すると包み込まれるかのような光に満ちています。
本展ではこうした光の諸相に触れながら作品を見ていくことで, 殊に奥深い逆光の表現を体験していただきたいと思います。
ROOM 2 諷刺画にみる 恐るべき!? 子どもたち
本展では, 伊丹市立美術館が所蔵する諷刺画のなかから, ガヴァルニやドーミエを中心とする19世紀の諷刺画家たちが描いた子どもたちの作品約50点を紹介いたします。
時代や社会, そこに生きる人間を描く諷刺画は, 時のうつろいによって描かれる対象が変化しました。19世紀フランスでは, 政治から市民の生活へと諷刺の焦点が変わり, さらに子供に惜しみない愛情を注ぎ, 家庭のなかで大切に守ろうとする新しい家族像が生まれると, 諷刺画に子供が登場するようになります。
フランスの諷刺画家ポール・ガヴァルニ(Paul Gavarni, 1804-66)は連作《恐るべき子供たち》1838-42年にて, 子供の無邪気さが皮肉にも大人たちを困惑させる情景を描きました。大人びた一言や, 母親の不貞を見抜く子供など, ただ可愛らしいだけではなく, あどけなくも鋭い感性をもち, 時に大人たちにとって「恐るべき」存在となる子供たちの表情がみられます。そして巨匠オノレ・ドーミエ(Honoré Daumier, 1808-79)も子供が登場する諷刺画を多数制作しました。教師とわんぱくな生徒たちとの攻防を描いた連作《教師と悪がき》1845-46年や, 子供に振り回される父親を描いた連作《パパたち》1846-49年など, 自由闊達な子供たちの姿を活き活きと捉えました。
これらの諷刺画には「愛らしい」「純真無垢」といったイメージだけではない子供の実態が描かれています。さらに子供をとり巻く大人も登場することで滑稽さが際立っており, 現代の私たちにとっても面白く, 共感できるものです。諷刺画ならではともいえる「恐るべき!?」子どもたちの情景を, 存分にお楽しみください。