今井祝雄は、具体美術協会(以下「具体」)の会員となった1965年から1972年の解散まで、白の作品を精力的に発表しました。
物体を内包させたカンヴァスや、画面に穴を開けるなど筆致を残さない作品群は、絵画―レリーフ―立体の境界を越える表現でした。
しかし「具体」解散の前後、‘物質過剰のこの世界にもはや何も付け加えることは無い'との自覚から、それまでの白い造形による空間表現から、非物質的な映像表現へ関心を移し、時間を切取る写真や、時間の流れを捉えるフィルム、さらに同時再生が可能なビデオを通じて、多角的に“時間の可視化”を試みました。
本展では1970年代の作品を中心に、作者の約10年に渡る写真・映像メディアへの挑戦の軌跡を振り返ります。今井は「具体」に在籍時より、幾何学形態のスライドプロジェクションや、キネティックなメカニズムの使用など、動的な作用を自作に取り込んできました。そして、1967年に16ミリフィルムによる《円》の制作・発表(同年、第1回草月実験映画祭にて上映)を契機に、写真や映像表現の領域へ道を切り開いていきます。
本展では、21点組の写真作品《ポートレイト 0~20歳》(1976年)や、1979年から今日まで1日も欠かさずに続けられる《デイリーポートレイト》などの写真作品をご紹介します。いずれも、被写体は作者自身でありながら、“自己”を追求するセルフ・ポートレイトからは一線を画しています。写真のもつ複数性が自写像の匿名性を抽き出すことによって、主観の排除された、一個人の生きた時間が提示されています。
本展で紹介する映像インスタレーション《ジョインテッド・フィルム》(1972~73年)では、テレビの放映で使用されることのなかった多数のフィルムの断片が用いられ、また、作者が“時間の化石”と呼ぶ立体作品《10時5分》(1972年)では、古いテレビのブラウン管を基盤に用いるなど、廃棄される運命にあった情報伝達メディアを自作の表現媒体としています。これらの作品では、本来、非物質的な記録メディアに宿る物質感や存在感が、前景化しているようでもあります。1970年代の幕開けに今井は、変わりゆく社会状況の中で急速な発展をみせるテクノロジーや過剰な情報の波が、人びとを“虚”としての日常空間に埋没させ、人間性の喪失すら招きかねないのではないかとの危惧をつのらせました。そして、情報化社会や没人間性に対する眼差しから新たな表現へと突き動かされていきます。近年、国内外で再評価の高まる日本の写真・映像表現の一躍を担った今井の活動の一端をご高覧頂ければ幸いです。
また、本展を機に2012年の弊廊での個展(1960年代の作品を紹介)と、本展の内容を収録した作品集『NORIO IMAI―Gutai and Later Work (今井祝雄―具体とその後)』を出版いたします。四半世紀の記録メディアの変遷のなかで、時間―空間―物質性に着目した作者の多様な表現を、作品集でもご覧下さい。