古来から東洋画の骨格をなしてきた墨は、濃淡や筆法を通じて「墨に五彩あり」といわれてきました。単色でありながら墨という素材は、微妙なトーンやにじみ、かすれ、ぼかし、などによって実に多彩で豊かな世界を表現することができます。鎌倉時代の禅宗美術とともに受容された水墨画は、室町時代に盛隆をみせ、江戸時代に入ると唐絵と大和絵を融合させた狩野派の華麗な墨彩画や、柔和で自由な筆法による文人画(南画)など、多様な拡がりをみせるようになりました。また、近代以降、とりわけ戦後からは色面に重きを置いた日本画が主流となりますが、その一方で墨という素材に新たな可能性を見出した表現もみられます。
本展では江戸後期の郷土画人の水墨画から渡辺小華を中心に明治期に盛んになった崋椿系南画の系譜、さらにそこに近代性を加味した白井烟嵓の水墨画をはじめ、白抜きで深山の樹々をあらわした平川敏夫や自由奔放でユーモラスな中村正義の墨戯、独自の境地を築いた水谷勇夫や佐藤多持の墨絵など、それぞれ個性豊かな近現代の日本画をご覧いただきます。また、このたびはトリエンナーレ豊橋「星野眞吾賞展」の受賞作品からも墨を基調とする作品を選び、あわせて展観いたします。
深遠な漆黒~この色に我々が見てきたものは、闇への恐れでしょうか?それとも夜空(宇宙)に象徴される事象の根源、あるいは他の色に侵されることのない気高く厳粛な存在でしょうか?全てを包括する墨の色を通して、無限の彩りと表現の可能性を感じ取っていただければ幸いです。