マックス・エルンストは、1891年ドイツのケルン近郊にあるブリュールに生まれました。ボン大学文学部では哲学、心理学、美術史を学び、正式な美術教育を受けていませんが、画家を志し表現主義的な作品を描いていました。第一次世界大戦後、社会の価値観や秩序の否定を主張したダダの運動に参加したのち、シュルレアリスム運動を始めたばかりのアンドレ・ブルトンに招かれてパリに移住、運動を代表する画家の一人となります。その後も1954年ヴェネツィア・ビエンナーレで大賞を受賞するなど活躍し、1976年に没するまで多彩な技法を駆使し、無意識の世界に潜む神秘性を幻想的な作品に表し続けました。
本展覧会では、版画集《博物誌》の全34点に油彩画《石化せる森》を加えた計35点の絵画を紹介します。
《博物誌》は、板や硬貨など凹凸のある素材に紙を乗せ、鉛筆でこすって物体の表面を転写するフロッタージュの技法を用いた最初の版画集になります。博物誌とは、動植物や気象、天体など自然界の事象を記載した書物のことを指しますが、そのタイトルにふさわしい自然界の成り立ちをテーマに版画集は構成されています。
《石化せる森》の中に描かれた無機質で石化したように見える森には、絵具を塗った画布の下に木片を置き、絵具が乾く前に木目が浮き出るよう表面から絵具をこすり取るグラッタージュという技法が使われています。エルンストの代表作なテーマで60点以上にのぼる「森」シリーズの1点です。
いずれも、木目や葉、麻布、筆の跡など、様々なものから写し取った物質の地肌を巧みに重なり合わせ、新たなイメージとして画面中に再構成されています。エルンストが言うところの「無意識への旅に出るための解放手段」であるフロッタージュなどの技法と、そこから誘発された連想によって生み出された幻想の世界をお楽しみください。