石膏地にテンペラで描き、独特の質感に仕上げる冨井の作品には、草花や樹木、森のある風景など自然の中が舞台となることが多い。しかしそれは、樹木や森、草花などの自然の形態に惹かれて描いているというよりも、ここに向かい合ったときに発露される人の感情に関心があるから、と冨井はいう。
確かに私たちは、いつも迷っている。
誰もが幼い日に自然のなかで遊び、知らず知らずのうちに森の中へ迷い込んでしまった“不安な気持ち”、ふとした瞬間に自分のテリトリーを越えて知らない道に入ってしまった“戸惑い”、何が何だかわからず狐につままれたような“驚き”、はたまた、心が落ち着かず判断がつかなくなり、居場所さえも分からなくなる…。
今展では、人が迷う時に浮かび上がる、不安・戸惑い・驚きにスポットをあて、人のこころの変容を捉えようとしている。
さらに冨井は、そのひとつひとつの感情・感覚を、幾重にも重ねられた色調豊かな画面のなかに詰め込み、見る人を温かく迷わせては惑わせてゆく。
そこには、人の美意識の根底に流れる“もののあはれ”を見ようとする彼女が見え隠れしている。
色彩の間に間に、フラッと迷子になったような感覚を、どうぞお楽しみください。