記憶の森
幼い頃から何を見ても空想するのが常だったと語るコーダの作品には、鳥やちょうちょ、森や虹、空想の動物などが登場し、観る者を何の躊躇もなくその世界へ誘う。見え隠れする人の欲や偽りを必要以上に感じてしまい、「人を描くのは苦手」だったコーダの作品に数年前から変化が現れ、人物らしきモチーフが登場し始める。きっかけは「小児脳腫瘍 さんさん家族の会」との出会いだったというが、“生きる”ということだけに真摯に向き合う人々の前では、空想の世界の「やさしさ」や「あたたかさ」の象徴だった鳥やちょうちょたちは色褪せて見え、避け続けてきた現実の世界のそれを描いてみたくなったのだろう。
呼吸するように絵を描いてきたコーダにとって、「意識して描く」ことは新しい試みでもあり、生まれてから今までの記憶を辿る作業は決して楽なものではなかったに違いない。誰もの記憶の奥底に眠る様々な感情を、無意識の内に森に反映させていたコーダが意識して描く記憶の森。コーダの作品を観たときに感じる一種の懐かしさは、忘れていた記憶を思い出させてくれるからかもしれない。
熊本市現代美術館 主任学芸員 蔵座江美