私たちは「花」という言葉を聞いて、たいてい「美しい」あるいは「かわいい」という言葉を連想します。こうした花たちは写真の発明に関与した初期の写真家ばかりでなく、現代の写真家にとっても、もっともポピュラーな「モデル」の一つです。身近にある美しい素材だからというのがその理由であることはまちがいありません。しかしそれだけの理由で、写真の歴史が始まって以来150年以上もの間、これほど多くの写真家が花を撮ってきたのではないはずです。花を凝視し、カメラに閉じ込め、印画紙に解き放つ作業を通して、花は「花」ではなく、別の何かに変わる可能性をその美しさの裏側に秘めているのです。しかもその変容の度合いが「美しさ」や「かわいさ」という言葉からかけ離れたものになる可能性をも含んでいます。それは手ごわい、しかし何とも興味深い素材なのです。
本展では、日本とアメリカを代表する二人の写真家、荒木経惟とロバート・メイプルソープのさまざまな花の写真を紹介します。感覚と感情に直接的に訴えていく、豪華でダイナミックな「バロック」の荒木の花に対して、メイプルソープのものは端正で、しかもその静謐さと緊張感によって鑑賞者の心を揺さぶる「古典主義」の花と言えるでしょう。動と静、湿と乾…両者の花の作品には多くの違いがあります。しかし二人はマスカルチャーという時代を舞台とし、自らのエロスを見つめ、タブーの枠を押し広げ、スキャンダラスな写真家という定評を持つなど、いくつもの共通点を持つ東西のカルト的存在の写真家でもあります。
彼らの「花」からあなたはどういう言葉を、あるいは自らのどんな花を見つけだすのでしょうか。花たちと濃密に戯れる場と時間をお楽しみください。