彫漆とは、器物の表面に漆を幾重にも塗り重ね厚い層を作り(百回で約3ミリの厚さ)、その上から文様を彫る技法です。塗り重ねる漆の色によって、堆朱、堆黒、堆黄があり、朱と緑の漆を交互に塗り重ねたものは紅花緑葉といいます。その起源は中国の宋時代に求められ、日本には室町時代の頃にさかんに輸入され、茶人たちの間では唐物として特に珍重されました。
この彫漆を研究し、日本独自のすぐれた彫漆を生み出したのは、江戸時代末期に高松で活躍した讃岐漆芸の祖・玉楮象谷でした。象谷は中国や東南アジアの漆芸の影響を強く受け、彫漆のほか、蒟醤、存清の技法を考究のすえ完成させました。その後、明治末ころには讃岐漆器と讃岐彫の店「百花園」とその周辺で石井磬堂、高橋皖山、鎌田稼堂らが緻密で優れた意匠の彫漆作品を生みだし、磬堂の一番弟子となった音丸耕堂は後に豊かな色漆を駆使した大胆な意匠の作品を制作し、重要無形文化財彫漆保持者に認定されています。また昭和に入り、磯井如眞と如眞が主催した「工(たくみ)会」の谷澤不二松らはアール・デコや構成主義の影響を受けた斬新な意匠の彫漆作品を制作し、讃岐漆芸に新機軸を打ち立てています。
このたびの展示では、さまざまな様相を見せながら展開した讃岐漆芸における彫漆の系譜を8作家、36点の作品によりご紹介します。