雪村(せっそん)という画家の名前を聞いて、その絵をすぐにイメージできる人が、どれぐらいいるでしょうか。もちろん、日本美術史の専門家や、古美術に詳しい人なら、いくつかの絵が思い浮かぶでしょう。おぼろげな人物像も、ご存じかもしれません。でも、はっきり言っておきます。この展覧会は、雪村の「せ」の字もご存じない人たちにこそ、見てもらいたい。ともかく、400年以上前に、こんなに面白い絵を描いて、それがたくさん伝えられているんだから、まずは見てみませんか―そんな気持ちで企画しました。もちろん、よくご存じの方にも見てもらいたいのですが…。
雪村は、16世紀、京都を遠く離れた東国に住んでいました。生没年すらわかりませんが、1500年ごろに生まれて、茨城、福島を中心に、各地を転々としたようです。世はまさに戦国時代。80余歳まで長生きして、織田信長と同じころに亡くなったと思われます。
同時代の画家に比べて、雪村の絵は驚異的にたくさん残っています。現在、200点近くもあるでしょうか。京都の画家の絵は、その多くが戦乱で焼けてしまいました。雪村は田舎に住んで、名もない人々に与えたものも多かったので、こんなに残ったかもしれません。この展覧会には、そのうち80点余を集めました。美術館や博物館からお借りした、すでに定評のあるもの。熱心な個人所蔵家からお借りした、未公開のもの。さらに、アメリカの美術館に収蔵されているいくつかの大作も、久々に里帰りします。
風の中に立ちつくす仙人や羅漢の姿には、雪村の生き方が投影されているでしょう。めまいがするような山水の景観には、雪村の頭の中のビジョンが映し込まれているでしょう。好んで描いた野菜や果物は、きっと食べたに違いない…私はそんなふうに考えていますが、どうぞ、展覧会で絵そのものと対面して、みなさん、勝手にこの画家のことをイメージしてください。面白いと思いますよ。
(本展監修者・明治学院大学教授 山下裕二)