絵を描く、つまり三次元の対象を二次元の画面に再現しようとするとき、対象と周囲の空間の境界を示す「線」が現れます。中村研一(1895―1967)は、画家の目と対象の位置関係がわずかでも動くことで対象の周りに無数の線が存在し、その中からただ一つの「ほんとうの線」を選び取ることの重要性と難しさをしばしば述べていました。
中村の描く線には、そうした意識と同時に、学生時代より高く評価されてきた描写力を示しています。油彩作品においては濃色の輪郭線が対象の存在感を増す役割を果たし、モデルや身の回りの物を描いたスケッチや書籍・新聞雑誌のためのペン画では、簡潔な線で形態を的確に捉えるばかりでなく強弱や筆勢によって量感や動きも表現します。中村が技法や対象によって様々に描き出した線の魅力をお楽しみください。