パリと東京、日常にまつわるモダンな感覚と繊細な美しさの息づく、銅版画と木版画の競演です。
浜口陽三(1909-2000)は1950年代、パリで銅版画のカラーメゾチント技法を完成させ、光を含んだ柔らかな深い闇と瞑想的な静物の表現に行き着きました。その静謐な作風は、他の追随を許さず、今なお20世紀を代表する世界的な版画家として知られています。
今春の展覧会では、この浜口陽三の作品とともに、寄贈いただいた木版画を展示します。伊東深水(1898-1972)、川瀬巴水(1883-1957)等による、新版画と呼ばれる作品群です。伝統的な浮世絵が次第に停滞し、明治末期には衰退する一方、大正時代になると画家、彫り師、摺り師の分業体制による「新しい木版画」が興りました。消えゆく江戸以来の情趣と近代日本における新しい感性を取り入れた新版画は、海外でも賞賛を得て、昭和30年代まで続きました。なかでも伊東深水の美人画、川瀬巴水の風景画は人気を博しました。
遠い異国の地で制作を続けた浜口も、東京の風俗や風景を描出した新版画の作家たちも、失われかけた伝統的な技法やテーマに新たな視点を与え、当代の表現をきりひらきました。卓上の果物、女性の微笑、夜の静けさ…画家の眼によって切り取られた日常の一瞬が、版に刻まれ、現代の私たちの前に時を超えて現われます。
春の清清しい気持に華をそえるよう、木版画中の女性の装いについて、着物デザイナーの池田重子氏に解説していただきました。明治・大正・昭和にわたる約1万点の膨大な着物コレクションを築き、粋とお洒落の真髄を知る池田氏のお話は、絵の中の女性の髪型、着物の種類や肌触りなど、失われつつある日本の美意識をよびおこしてくれます。ささやかですが、絵と同趣向の着物や飾りも参考展示いたします。
浜口陽三の銅版画、日本画合わせて30点、新版画30点の展示です。情緒を対比させてご鑑賞ください。