1921(大正10)年から1930(昭和5)年までの10年間に、日本の版画がどのような作品を生み、私たちに何を語りかけてくれるのかを探ります。
「自画自刻自摺」を謳った創作版画の領域では恩地孝四郎や川上澄生といった作家たちがそれぞれ独創的な「版のかたち」を深化させました。彼らは展覧会やあまたの版画誌を舞台に奔放な刀をふるって版画熱をあおり、日本各地の若者を版画へと導きました。
浮世絵の流れをくむ世界では、1923年9月の関東大震災をきっかけに、当代の風物を写し、広くゆきわたらせるという錦絵本来の機能が改めて見直されました。「現代の浮世絵」を志す、いわゆる新版画の版元がいくつか生まれ、伝統とモダンがせめぎあう貴重な作例を残しました。また村山知義ら新興美術運動の作家たちも、20年代の版画界に忘れがたく強烈な光芒を放っています。
1920年代の版画が語るのは、造形や技法の冒険だけではありません。関東大震災という未曽有の出来事は旧い東京を一掃し、社会を激変させ、現代の生活の原形を作りました。鉄のコンクリートの構成物へと変わりゆく街、因習から解き放たれて街を闊歩する女たちの姿に、版画家たちは驚きと好奇心に満ちた視線を投げたのです。彼らが刻んだダイナミックで享楽的、同時に影をも宿した都市の姿は、私たちには懐かしく、そして少々ほろ苦く映るかもしれません。洗練された版表現のなかに、当時の社会を色濃く映す作品群-ポスター、装丁、デザインなども含む約400点から、版画というメディアの魅力を紹介します。