制作の初期において、ドローイングによる映像を作品化していた横井七菜は、後にドローイングそのものを作品化し、さらにペインティングの制作もおこなうことで、徐々に表現手段を拡大してきました。
横井は、人魚や少女、少年、蝶や蛾、かぶと虫、鳥、ろうそくや炎などを、日常と非日常の境目に開けたような、毒気を含んだファンタジックな世界に配置し、それぞれを対峙させ、そこで発生した状況に応じて干渉させ合うことで自身と世界の関わりを注意深く探ります。いくつかの新作に描かれた蝶の羽の鱗粉を思わせるタイトルを冠した今回の初個展「Powder」で横井が展示作品として選んだのは、近年精力的に取り組んでいるペインティング作品に加えて、彼女の表現の根本をなすといえるドローイング作品の数々です。
ペインティング作品において横井は、鉛筆に比べて強い物質感や質感を持つ絵の具という媒体が、自身の構築するフラジャイルで細やかな表現世界に与える影響を探りつつ、形式と内容のバランスを乖離すれすれの地点で保ち、拮抗させることで強い緊張感を生み出しています。そして鉛筆によるドローイング作品においては、繊細で瑞々しい感性が、高い技術に裏打ちされたディテールの豊富さと、登場する人物や生物たちの仕草や場面設定の背後に垣間見える物語の要素によって確かな存在感を与えられ、形式と内容の一致を見せています。
作品に登場する少女や生物たちのときに残酷な、儀式めいた振る舞いと、すべての作品に共通して備わる瑞々しさの感覚。説明的要素の省略と、今まさに何かがおこなわれているという臨場感がもたらす物語への欲求。そして高い技術と寓話的な作風の相互作用によってたちあらわれる私/詩的な世界。
一見しただけでは決してとらえきれない、1点ごとの鑑賞に長い時間を必要とさせる要素の数々が、凝視と再解釈の繰り返しを鑑賞者にもたらし、中毒性の高い陶酔状態を生み出します。