室町時代に能を大成した世阿弥が記した、世界最古の芸術論である『風姿花伝』には、「いづれのものまねなりとも、(中略)したてをもて本とす」とあるように、世阿弥は能の中で「したて」(=出で立ち)の重要性を説いています。能面とともに、出で立ちの重要な部分をしめるものが能装束ですが、残念ながら世阿弥の生きた時代の能装束は伝世しておらず、我々が見ることのできる最も古い能装束は桃山時代のものとなります。
林原美術館では、江戸時代を通じて能を愛好した岡山藩主池田家伝来の能装束・能面などを多数所蔵しており、日本国内でも屈指のコレクションとして知られています。これらの中には桃山時代のものも含まれており、その華やかな意匠は現代でも我々を魅了してやみません。池田家ではこれらの能装束や能面を、藩主が使用したものを「御召(御上)分」、家臣が使用したものを「御次分」として区別し、大切に伝えてきました。また当館では、歴代藩主自筆の能に関する絵画や覚え書きなども多数所蔵しています。これらの記録類と能装束や能面などの工芸品を組み合わせることで、池田家が伝えてきた能にまつわる文化の全容を知ることが可能になります。なかでも正徳四年(1714)6月27日に記録された「御面控」は、当館が所蔵する池田家伝来の能面がいつ・どこで制作されたのかがわかる貴重な史料で、今回が初公開となります。
岡山藩主池田家伝来の能装束と能面の名品、そしてそれらを取り巻く絵画や記録を一堂に展示し、あらためてその魅力を探ります。