洋画家・宮本三郎(1905-1974)は、晩年病に臥せるまで、毎朝欠かさずアトリエに入りモデルを前にしていただけではなく、時間があればどこでも手を動かし、スケッチを行っていたといいます。宮本は素描の名手と賞されましたが、それはもともとの素質だけではなく、若かりし頃から晩年にいたるまでの日々の反復的な鍛練によるものでしょう。また、探究心旺盛な宮本は古今東西の美術にまつわる知識を身につけ、それを土台とし、自らの著書や誌面でデッサンすることの意味や方法論を幅広い視点から述べています。それらは、宮本三郎によるデッサン教室であると同時に、宮本が考えるデッサンの有用性を示すものと受け取れます。次の一節は、「なぜ宮本三郎はデッサンを欠かさなかったのか?」を理解する手助けになるものです。
「よくみるということが大切である。だが、よくみるということは、なにもこまかく細部を注意してみるということではない。全体をみるということであり、全体を比較するということであり、その細部にとらわれないで単純な大きな様相をつかむことである。(中略)見ること、描くことに新しい感動が伴わなければ、勉強にはならない。感動するためには、常に新しいものの発見がなければならないのである。」 (宮本三郎『人物の描き方』美術出版社、1959年)
当館で収蔵している3,500点以上を数える宮本三郎のデッサンの多くは、発表されることが前提のものではありません。そこに含まれる直感的に対象を捉えたスピード感のあるクロッキーや、油絵のためのアイデアスケッチの数々を見ていると、宮本が同じモデルや静物を、意識的に構図や描き方を変化させ、繰り返して描いていることがわかります。つまり、宮本は同じモティーフであっても、それらを「よくみる」ことで「常に新しいものの発見」を目指し、丹念にデッサンを重ねたのです。
宮本が遺したデッサンの数々、そしてデッサンの魅力や技法について述べた言葉を顧みる、この「宮本三郎のデッサン教室」を通して、画家の観察眼と表現との関わりの深さをご覧ください。