私たちは、飛翔するものに憧れを抱きます。イタリア・ルネサンス期を代表する万能人レオナルド・ダ・ヴィンチの探求心は科学技術にも及びました。飛行に興味を持った彼は、数種類の鳥の飛翔について詳細な観察と研究を行い、それを元にいくつかの飛行用装置を試作しています。また、古来より古今東西における伝説の生き物に、天と地を結ぶ「翼」は共通するもので、例えば鳳凰、ドラゴン、永遠の時を生きるフェニックス(不死鳥または火の鳥)、蝶羽の生えた妖精など様々に思い出されます。
今回の展示では、漆芸作品の中に見られる「飛翔」の姿、特に鳥と蝶があしらわれたものをご紹介します。讃岐漆芸の祖といわれる玉楮象谷(たまかじぞうこく)の弟である藤川黒斎の《存清宴盆》では、伝統的な図柄の花鳥たちが人々の暮らしのハレの華やぎを盛り上げたことでしょう。その後、明治末頃には、讃岐漆器と讃岐彫の店「百花園(ひゃっかえん)」とその周辺で、石井磬堂(いしいけいどう)、鎌田稼堂(かまだかどう)らが研鑽しあい、優れた彫漆作品を生み出しました。稼堂の作品では、水鳥の伸びやかな様子がうかがえます。そして、磬堂の一番弟子となった音丸耕堂(おとまるこうどう)は彫漆の重厚さと相まって、蘇鉄に見え隠れするアゲハ蝶を大胆なデザインのなかに配しています。
また、音丸に続き、1956(昭和31)年に重要無形文化財「蒟醤」保持者に認定された磯井如真(いそいじょしん)は、アール・デコの影響の中にあってモダンな鳥《ホロホロ鳥》を生み出しました。岡田章人(おかだあきと)や横山操(よこやまみさお)作品にもその当時の工芸界の雰囲気が見られます。そしてやや時代が下り、明石朴景や大西忠夫の様式化された蝶や鳥、真子実也の錆漆を使った鳥の飛翔、そして最近の磯井正美や太田儔の作品など、讃岐漆芸における「飛翔」の造形世界を16作家、31点の作品によりお楽しみいただきます。