入江泰吉は、奈良大和路の風物とそこに息づく歴史、表情豊かな自然をこよなく愛した写真家でした。戦災に遭い、ふるさと奈良に戻った時から約半世紀にわたり、その奥深い魅力を写真に表現し数多くの秀作を世に発表してきました。
なかでもカラーの風景写真には定評があり、入江作品の真骨頂と呼べるでしょう。しかし、モノクロームからカラーへの移行に際しては、当初、自身がイメージするような色を思うように表現できませんでした。
入江は写真芸術の可能性や日本の美意識、大和の歴史や文学などを根本から見つめ直すことから始めました。「千年の時代の流れに、おのずから成り立った古色美、そうした人工の及ばない自然の施した彩色の美しさがある」ことに気づき、古くから佇む堂塔伽藍や仏像といった人工と自然との調和が大和路の美の本質であると考えるようになったのです。
そしてあからさまな描写を抑えた色調を好み、仏像や風景のなかに醸し出される余情や歴史の気配といった眼には見えない特有の美、その中に漂う日本の心をとらえることに意を注ぎました。
今回は、入江が新境地をひらくことになった「古色」をテーマに展示します。“入江調”と呼ばれる叙情奏でる作品から入江の心象風景を感じとっていただければ幸いです。