タカ・イシイギャラリー京都とホテル アンテルーム 京都は、2012年7月20日(金)から9月1日(土)まで、「隠喩としての宇宙」展を開催致します。本展はゲスト・キュレーターとして、椿玲子氏(森美術館アシスタント・キュレーター)を迎え、2つの会場にて「隠喩としての宇宙」というテーマで、計12名の若手アーティストたちの作品を展示致します。
3.11の東日本大震災と、それによって明らかになった原発問題は、日本 ― 特に第二次世界大戦以降 ― の再定義と同時に、人間と自然、文明と自然の関係についての再検証を必要としているようです。地球規模でも、異常気象、環境問題、エネルギー問題、宗教や政治・経済による紛争、金融システムと資本主義グローバル経済の危機など様々な問題が尽きない現代、宇宙における地球という星のあり方、さらには宇宙自体について考える事が求められているのではないでしょうか。
第二次世界大戦後、1975年の米ソ共同によるアポロ・ソユーズテスト計画まで、宇宙の開発ブームは冷戦構造を反映しており、冷戦後も純粋な研究ではありながらも、同時にある種の国力を競い合うテリトリーになっているのは事実です。しかし、地政学テリトリー上での考察は、そのテリトリー自体を超えることができない故に、新しい観点をもたらすことはできません。それ故に本展では、地政学的な見地による開発対象としての宇宙ではなく、今は存在しない何億光年先にある星の残像を星として認識している事実を始め、多次元的な空間、ブラックホールやエネルギーの爆発、カオスを孕んだ時空間としての宇宙、すなわち「隠喩としての宇宙」に焦点を当てることで地政学的視点の無化を試みます。
一方で交通環境と遠隔通信技術の発達と大衆化、特に1990年以降のWEB環境によるコミュニケーションの変化は、「私」というアイデンティティのユビキタス化を高め、時空間の認識とイメージを介しての現実と虚構、存在と不在の関係性は明らかに変容したと言えます。ニュートン的な絶対空間に対し、ライプニッツは「同時存在の秩序=空間」と考えたそうですが、正に今や私たちの存在と空間認識はある意味では「同時存在の秩序」であるネットワーク上に存在しています。さらに「隠喩としての宇宙」でもあるネットワークの緊密化、発達とカオス化、飽和状態に伴う爆発による断片化は、そのまま私たちの存在へと還ってくるようですらあります。
こうして物理的な空間を越えた関係性・気配・記憶といったもの、多次元的時空がWEB空間の出現によってより顕在化し、神的なものが現実の中に自然に入って来るような状況が見受けられます。そうした状況下、宇宙空間といった簡単には行けない場所、科学的な情報や映像を通してしか知ることのできなかった時空がイメージとしては身近なものになっているようです。
本展では、多次元的でマジックの存在する時空、未踏の文明や別種の神話といった「隠喩としての宇宙」をテーマに、作家達が既存のシステムや文明のあり方に問いかけを行うことで、もう一つのシステムや世界観の可能性を提示してくれるでしょう。
椿 玲子(森美術館アシスタント・キュレーター)