尾道市立美術館が建つ千光寺公園から、尾道水道を挟む街並みを望むことができます。尾道は他には無い特徴的な風景美があり、多くの絵画や映画などの題材や舞台になりました。同様に写真家たちも、過去には林忠彦が、最近では映画監督のヴィム・ヴェンダースらが写真作品を制作しました。
岡山県山身の写真家、緑川洋一[大正4年(1915)-平成13年(2001)]も、尾道に魅力を感じた一人でした。写真技術を駆使して心象的な風景写真を撮ることで知られる緑川ですが、戦前から瀬戸内各地の風土にレンズを向けていました。
本展は、「波の郷愁」と題されたシリーズから、昭和28年から31年までに尾道を取材した「喜びも悲しみも-一円五〇銭の渡し船-」、「海のジプシー-家船港に帰る-」、「漁師町に生きる-露路の人々-」、「みなと尾道-魚市場と祭礼-」の全4章100点を紹介します。これらの作品は、戦後の尾道の記憶を辿る手がかりとなりますが、芸術家である緑川の視点を垣間見る大切な一面を探る機会でもあります。渡船の乗客、魚市場の女性たち、漁師たちの眼差し、海と共に生きる人々の心情を綴った叙事詩でもあるのです。瀬戸内海を見続けたからこそ、後年、緑川芸術の集大成である心象風景写真に昇華していったのです。