滋賀県蒲生町(現、東近江市)に本邸を置く「十一屋」野口家は、江戸時代中期に甲府柳町(現、中央四丁目)へ出て酒造業を営み、後に醤油醸造を兼営し繁栄した豪商です。代々当主の中でも、幕末から明治期の四代目、正忠(まさただ)(号、柿邨(しそん):1822~1893)は、滋賀県議会議長までも勤めた名士で、漢詩人の梁川星巌(やながわせいがん)や儒学者の頼三樹三郎(らいみきさぶろう)、書家の日下部鳴鶴(くさかべめいかく)ら多くの文人たちと交流した文化人でもありました。また、画家の日根対山(ひねたいざん)、富岡鉄斎(とみおかてっさい)と親交し、多くの作品が描かれました。一方、柿邨は白隠(はくいん)を好み、与謝蕪村(よさぶそん)や呉春(ごしゅん)、曽我蕭白(そがしょうはく)などの江戸絵画の収集にも努め、現在でもその一部が十一屋に伝えられ優れたコレクションとなっています。その長子、正章(まさあきら)は、国内で早くからビール醸造を手掛けた人物として知られ、その妻は後に近代を代表する女流南画家となった野口小蘋(のぐちしょうひん)です。
山梨県立美術館は、開館以来、十一屋から多数の富岡鉄斎、野口小蘋の秀作、近年では、古美術の名品40余点の寄託を受けています。今回、それらの他に同家の所蔵する絵画や書蹟の一括寄託を受けるにあたり、改めて特別展を開催することとなりました。
本展では、代々秘蔵され続けた美術品を一堂に会するのみならず、幕末から明治にかけての文人たちの豊かな交流を垣間見ることができるでしょう。