釧路で生まれ育ったチカップ美恵子(1948-2010)は、アイヌ民族復権運動に力を注ぐ一方、文様刺繍家として優れた作品を残したことでも知られています。16歳頃から刺繍を始め、油彩画の勉強やアニメーションの彩色の仕事を経験した後、25歳から本格的に刺繍家として活動を行いました。
刺繍はアイヌの女性たちの手仕事で、その技術は母から娘へと引き継がれます。チカップ美恵子もまた母親から刺繍を教わり、伝統的な文様を組み合わせ、色鮮やかな刺繍糸を用いて衣服やタペストリー、テーブルセンターなどさまざまな作品を縫い上げました。初の本格的な回顧展となる本展では、自然の息吹や季節を感じさせるそれらの刺繍作品を、デザイン原画や着想のもとになった動植物のイラストなどともに展示し、また、山や海、湖など自然を背景に撮影した植村佳弘の写真作品を通じて紹介します。さらに、情感豊かな詩やエッセイなどの文芸作品も加えながら、アイヌ民族の伝統と創造のうたを布に織り込み、言葉に託したその芸術を振り返ります。
大空に羽ばたく鳥(チカップはアイヌ語で鳥の意)のように、61年の生涯を大きく鮮やかに舞い続けたチカップ美恵子の創作世界。そこには、自然と芸術が親密に交わる美の世界が息づいています。