人体研究は、芸術家にとって大切な素養のーつです、ことに、エジプト美術やギリシア美術をふまえながらキリスト教のもとで発展してきた西洋美術には、人体を芸術の基礎とする長い伝統があります。近代以前、美術の主要な意義が宗教上・神話上の物語の視覚的伝達手段とされていた時代にあっては、物語の登場人物の内面にふさわしい外観(体格や顔つきなど)を描き分けることが美術家に求められていたのです。そのため美術家は人物のポーズや表情を構成する筋肉や骨の動きを解剖学的見地から研究し、人物の外観が適切なものとなるよう研究を重ねました。また迫真的表現が求められる時代になると、解剖学はもちろんのこと色彩を駆使することで、たとえ着衣像であっても衣服の下に肉体があることを感じさせるほどの高度な再現性を獲得していったのです。
近代以後、美術は宗教や建築の装飾などから自律し、いわぱ「芸術のための芸術」として自由な表現がなされるようになりました。たとえば純粋な絵画性が追究される抽象絵画のように、もはや再現性や物語の視覚化にはなんらの価値をおかない芸術表現さえ存在します。このように美術の表現形式が多様になってきたとはいえ、人体は具象芸術において依然主要なモチーフであり続けています。それはわれわれにとって何よりも身近な美の典型であるからかもしれません。
日本の近代美術は、表現の多様化が進む西洋美術の趨勢を受けながら発展してきました。その只中にあって荻原守衛やその系譜に連なる芸術家たちは、人体をモチーフに具象表現の追究をしてきています。本展は、彼らの彫刻、油彩画、デッサンから女性像(裸婦像と婦人像)を展示し、人体のポーズや内部構成への作家個々人の眼差しをご覧いただくものです。