「最近になってようやく素直に、父と自分の作品を並べても良いかな、と思えるようになりました」
福岡県朝倉郡大福村(現・朝倉市)に生まれた大内田茂士(1913-1994)は、浜哲雄との出会いによって画家を志し、山喜多二郎太・髙島野十郎に指導を受けた後、上京します。静物画と風景画とを両輪として、40代を迎えてからの渡欧を契機とした抽象表現や、陽光におぼろげな姿を見せる椿の群落、さまざまなモチーフによる構成を試みた室内風景など、生涯にわたって新しい画題への挑戦を続けました。日展や示現会展を中心に作品発表をし、平成2(1990)年には日本藝術院会員となっています。
茂士の初の渡欧前年に生まれた大内田敬(1955-)は、父の影響で画家を志し、東京藝術大学油画科、および同大学院壁画研究室を修了し、画家として歩み始めました。卒業の翌年に出品した国画会主催の展覧会、国展で安田火災美術財団奨励賞を受賞、平成10(1998)年に会員となり、現在は絵画部長を務めます。家族をモデルとした人物画を主に、揺るぎない構図の中に色彩が共鳴しあう清澄な画風を展開しています。
2代にわたる画家の道。茂士の没後10年となる平成16(2004)年、福岡県立美術館と当館とで開催した回顧展を経て、息子・敬の中に、冒頭の言葉のような心境が徐々に現れてきたといいます。
初めての二人展となる本展では、当館の所蔵作品のうち約60点で大内田茂士の画業を、そして近作を中心とした約20点の作品によって大内田敬の絵画世界を、二人の間に紡がれた言葉とあわせご紹介します。