チンギス・ハーン(在位1206~27)が興した蒙古帝国は、急速に版図を拡大し、孫のフビライ・ハーン(在位1260-94)の代には、ついに南宋王朝を滅ぼし、東アジアからヨーロッパにまたがる世界帝国を成立させました。蒙古の勢いは、ついに海をへだてた日本にもおよび、文永十一年(1274)、弘安四年(1281)の両度、モンゴル軍の大船団が九州を襲いました。
日本の歴史の上で、蒙古襲来という事件は、政治的な危機であったばかりでなく、思想や宗教の分野にも大きな影響を与えています。禅・律・念仏・法華の諸宗派に代表される、いわゆる鎌倉仏教とよばれる仏教革新運動、あるいは固有の神々に日本の主体性を求める神国思想は、蒙古襲来を契機として急速に体系化され、国家と民衆の救済をめぐって熱烈な競争をくりひろげます。
本展示では、金沢文庫保管資料のなかから、蒙古襲来とともに展開した鎌倉時代の仏教・思想の動きをよく示す資料を選んで陳列し、蒙古襲来が鎌倉時代の日本に与えた影響をさぐります。