フランドルやドイツなど、アルプス以北で活動した近世の画家たちは、人体表現を芸術の基礎に置いたイタリア美術に対して、むしろ外界の自然を忠実に描写することに長けていたといわれます。とはいえ、そこに描き出された「自然」の多くは、実のところ様々なファンタジーを織り込んだ、それ自体が想像的な世界でもあったのではないでしょうか。たとえば、未開の原始的風景への憧れを思わせる15、16世紀のドイツ絵画の世界観。あるいは、人間的なスケールを遥かに超え、世界のあらゆる要素を包括してしまうかのように構成されたフランドル絵画の「世界風景」。そして、そもそも本展で扱う版画というメディアが、絵画や彫刻と比べて大衆的な欲望や想像力を反映しやすかったことも忘れてはならないでしょう。近世の北方版画には、人間の愛欲をユーモアある風刺とともに視覚化した「不釣り合いなカップル」という図像や、死や罪への意識を教訓的に表わした寓意画などが盛んに描かれました。さらに、一見したところ自然主義的に描写されている物語場面においても、そこに登場する人物たちの行為や表情が、どこか戯画化されているように映る場合が少なくありません。この小企画展では、そのように「奇想」と「自然」が交叉し、「奇想」が「自然」と化すようなイメージ世界に注目しながら、15世紀末からおよそ「レンブラント以前」にいたる北方版画の展開を、当館の所蔵作品46点によって辿ります。