奈良大和路は、神話と伝説に彩られた山の辺の道をはじめ、隠口の泊瀬(こもりくのはつせ)、吉隠(よなばり)、阿騎野(あきの)、宮滝といった万葉の故地や、「歌書よりも軍書に悲し……」と読まれた吉野山など、いたるところに歴史の面影がちりばめられています。
入江泰吉は、そうした大和路の風景に潜んでいる歴史を、戦後から約半世紀にわたって一つずつ紐解き、撮影してきました。昭和20年代後半から、「古寺巡礼」だけではなく万葉集や文学作品にも目を向けて作品にさせてきたのです。初期の作品には、のどかな農村風景や人物を配した作品などがあり、古代の幻想を写しこむことに苦心しています。
その後も入江は大和路をくまなく歩き、「記・紀」や「万葉集」を深く知るにつれて、ようやく自分の思い描いた歴史的情景を写真に表現することができるようになったのです。
入江の足跡を見つめ直そうとする「大和路巡礼」第5回目は、入江の歴史的な情景表現の真骨頂ともいえる「山の辺・宇陀・吉野」の初期から晩年までの作品を取り上げました。中世以降、貴族や庶民がこぞって観音詣でをした長谷寺や、「女人高野」と称された室生寺の堂塔や仏像に迫った作品などで、大和の歴史の奥深さと魅力を紹介します。