1955年「白い人」で芥川賞を受賞した遠藤周作(1923~1996)は、「海と毒薬」などの作品で、罪や神といった存在に無感覚な日本人の意識を鋭く抉る一方、キリスト教徒として、日本人が違和感なく心を委ねることのできる神の姿を生涯追い求めた。1996年、切支丹禁制下の長崎を舞台とした「沈黙」を発表。踏み絵に足をかける心弱き信徒の祈りに思いを馳せ、沈黙の中で最後の時まで人間の嘆きに寄り添い、共に苦しむ〈人生の同伴者〉としてのキリストの姿を示した。昭和40年代には、このテーマをより親しみやすい作風で展開し、「わたしが・棄てた・女」などの作品が多くの読者を獲得した。宗教を主題とし本来特異な存在であるはずの遠藤文学が広く支持されたのは、そこに、自身の哀しみと、人間の弱さへの共感がこめられているからである。
今日世界では、政治と結びつき、本来の役割を見失った宗教の対立により多くの生命が犠牲になっている。遠藤周作が作品を通して主張した、人びとの心に寄り添う〈母なる宗教〉の在り方は、発表当時伝統から外れたものと非難を浴びたが、最晩年の長篇「深い河」に描かれた宗教多元主義的世界をはじめ、その宗教観の先見性が近年改めて見直されている。本展では没後15年のこの機会に、遠藤が混迷する21世紀の人びとのために、時代を超え、投げかけるメッセージの意味を改めて問います。