華宵は大正時代のファッションや生活などの現実的な風俗情景を描いて人気を得ました。しかし一方で聖書や神話の世界、人魚や胡蝶などの幻想世界、そして日本の歴史風俗といった過去の世界を描いています。つまり、対象の同時代だけではなく、「今ここにはない別の世界(Another world)」を描き、それが華宵芸術の一つのジャンルを形成しています。
今回の展覧会では、“異国”をテーマに、華宵芸術を再興します。近代化が進む中で、日本以外の“異国(外国)”の風俗や、日本の歴史的情景を描くことで、華宵は人々に“Another world”のイメージを強烈に印象づけましたが、こうした異国への関心は華宵だけのものではありませんでした。大正時代は、谷崎潤一郎や芥川龍之介など文学者や知識人の間で支那趣味など異国に対する憧れが一つの文化現象となった時代であり、こうした時代風潮も華宵作品には自然と反映されていると考えられます。なぜ人々は“Another world”に憧れるのか、大正の少年少女が夢見た“異国”とは何か、当時の大衆文化のあり方や思想的風潮などを探りながら、華宵の異国趣味や大正時代の人々が求めた「もう一つの世界=Another world」について考えます。
現実に行き詰まったり、エネルギーが枯渇してしまったりすると、人々は別の世界を知ることでその活力を再生してきました。現実とは異なる世界へと飛躍することで、心が浄化され、柔軟な感性が育まれます。華宵芸術に描かれたAnother worldには、美しさ、静けさ、調和、哀愁、寂寥、孤独、不安、理想、夢、幻影など、色々な情感や情景が描かれています。これらは大正という時代がもつ感性が反映されたものであると同時に、時代の我々が希求する感性でもあります。
華宵が好んだ異国趣味が語りかける美意識をご堪能頂ければ幸いです。