戦後、第二紀会を結成するなど、洋画界で牽引的な役割を果たした宮本三郎(1905~1974)は、挿絵の名手でもありました。戦時下、宮本の戦争記録画は人々から大きな関心を集めましたが、それと並行するように宮本は、昭和10年代から戦後の40年代にかけて、週刊誌や新聞に数多くの挿絵を描いています。小説家の生み出した物語中の登場人物は、宮本の絵筆によって具体的なイメージとなって立ちあらわれ、読者の関心を大いに喚起しました。今回は、獅子文六の小説『大番』(『週刊朝日』連載、1956年~1958年)に寄せた挿絵の原画を当館で初めてご紹介するとともに、宮本が挿絵を描いている連載小説の切り抜きを収めた当時のスクラプブックも展示し、宮本三郎と連載小説のかかわりを幅広くご紹介します。
昭和初期を舞台にして始まる『大番』は、赤羽丑之助、通称ギューちゃんの破天荒な生涯を描いた大衆小説です。全112回の連載で、宮本はギューちゃんの少年期から晩年までを描くことになるのですが、「番外」と題された連載途中に掲載されたテキストの中で興味深いことを語っています。
「読者は多分、もう丑之助とは、私の描いた人相から切り離して、他の人間像を想像することは出来ないかと思う。実のところ、私自身も、自分が最初に描き出した人間像を、今はそのままに丑之助君だと信じていて、それに運命の浮沈があったり、年齢を重ねることで、そこに、わずかずつの変化が現われてゆく、そういう風に、一個の生きた人間として、時々刻々の転貌を見つめながら、描いてゆくという気持ちになって来ている。」(宮本三郎『大番』番外、『週刊朝日』1957年5月19日号)
この言葉から、宮本が、挿絵の制作にきわめて高い意識を行き渡らせていたことがわかります。そして、宮本の作画は、小説の内容に合わせ実に様々に変化しています。本展では、そのような宮本による挿絵と同時代の油彩作品を合わせて展示することで、宮本三郎の仕事の幅広さと、活きいきとした絵筆の痕跡をお楽しみいただきたいと思います。