渡辺禎雄が天に召されてから15年目をむかえます。
静かな季節に、今年もまた渡辺禎雄の作品を展観します。生涯をかけて一つの技法を追求しながら求め続けた「祈り」に思いを寄せつつ。
渡辺は、困窮する生活のために十代半ばで働きにでて、苦労を重ねながら職業を転々としました。そして24才で就いた染物屋での紋様の下絵を描く仕事にようやく手応えを得、『染色』の仕事のおもしろさや奥行きを知り、やがて創作版画としての『型染版画』と出逢うのです。そのきっかけとして芹沢銈介の教えや、柳宗悦の『民芸』の影響を受けたことは、そういう時代の流れを生きたという単なる偶然なのか、渡辺が言うように「神のご意志」がはたらいたのかはわかりません。渡辺は、水に浸すことで色を染め上げていく『型染版画』は作者の意図を超えた「神のはからい」の賜であると、つねづね語っていたそうです。しかし、彼自身の真摯な生き方が、求めに応じた幸福な出逢いを呼んだのであり、彼なりのひたむきさで仕事に取り組んだ成果として、素晴らしい作品が生まれたと言って良いでしょう。
渡辺の作品は、キリスト教徒としての信仰にもとづき『聖書』を題材にしていますが、人間や動植物への愛が普遍的なものとしてあらわれています。どの作品にも、つましくささやかな日常性、のびのびとした土着性がにじみでていて親しみやすく安らぎを与えてくれます。
また、東方イコンの様式を踏襲しながらも、いたるところに菊や朝顔など日本の土壌ではぐくまれた草花を登場させ、『最後の晩餐』の食卓に寿司や鯛の尾頭付きを並べたり、『アブラハムの物語』に団扇を手にした人を描いているのを目にするとき、渡辺自身がその組み合わせの愉快な持ち味を存分に楽しみ、この国の風土や生活の知恵を愛おしんでいるのがうかがえて、いっそう楽しい気分になるでしょう。
「私が求めている芸術は、むきだしの個性とか自己主張ではないのです。願わくば、私の仕事が衒いとか、気取りとか感傷というものから遠いものであって欲しい」(渡辺禎雄)
静かな、大きな、ゆるやかな気持ちでご覧いただけたら幸いです。