版画の作り方には、木版などの凸版、銅版などの凹版、石版などの平版、そして今回とりあげる孔版があります。
孔版は、版にあけた孔(アナ)からインクを通して刷る技法です。古い歴史を持つ型紙による染色(ステンシル)に起源をもち、現代のシルクスクリーンへと発展しています。孔版の多彩な技法のなかでも、近代の日本でとくに発達した技法が謄写版でした。エジソンの発明による「ミメオグラフ」をもとに改良された謄写版は、いまのコピー機のように、手軽にたくさんの印刷物をつくることができる事務用品として、明治以降、官庁や会社、学校に普及し、「ガリ版」と呼ばれて親しまれました。
同時に、大正末頃には、誰もがありふれた事務用品と思っていた謄写版に、同人誌の制作などを通して出会った青年たちが、 表現のメディアとしてふさわしい可能性を見いだし、ほかの印刷方法をしのぐ水準まで、その表現力を高めていく動きが起こります。個人が、自分の手で美しい多色印刷まで印刷できる、魅力的なメディアに成長した謄写版に触発されて創造的な試みにむかい、謄写版で版画を制作する人たちも現れました。和歌山市で謄写印刷工房を開いていた清水武次郎(1915-1993)は、そのひとりです。
清水は小学校の教員だったときに出会った謄写版に魅了され、1946(昭和21)年に「蝸牛工房(かぎゅうこうぼう)」を開きました。雑誌『とうしゃ文化』を発行して全国に仲間を求め、汎美術協会、日本版画協会、国画会、点の会などの展覧会で孔版画を発表し、独自の表現世界を追求しました。謄写版がもっとも盛んだった戦前から、シルクスクリーンが注目され、現代版画の代表的な方法の一つに定着していく過程に並行して、清水の制作は展開していきます。
この展覧会では、清水武次郎の仕事とともに、謄写版で独自の画境を拓いた福井良之助の作品、日本のシルクスクリーン版画のさきがけとなった村井正誠の作品、版画家たちにも大きな影響を与えた横尾忠則のポスターやポップアートのシルクスクリーン版画、現代版画のなかの孔版画など、清水と同時代の孔版画をご紹介します。ステンシルからシルクスクリーンにいたる孔版画の歴史とともに、簡易印刷にすぎなかった謄写版が秘めていた表現力を掘り起こした人たちの挑戦と、シルクスクリーンに発展し、現代版画の代表的な技法のひとつになっている孔版の驚くほ・・・