海を越えて、ヨーロッパの印象派の画家やアール・ヌーヴォーの工芸家たちに影響を与えた浮世絵師・葛飾北斎(1760~1849)。「神奈川沖波裏」や「山下白雨」などで有名な『富嶽三十六景』シリーズなどの錦絵などとともに北斎の名を不動のものとしたのが全15巻からなる『北斎漫画』である。
ここでいう「漫画」とは、今日の「コミックマンガ」ではなく、多種多様な絵柄をアトランダムにまとめた画集であり、「漫然と描いた絵」とでもいうような性格の絵を集めた画集である。また、葛飾派を広めるためのテキスト的な性格もあり、また、工芸品の図案デザインの見本帳的な性格も有している。国内においてはたいへんなベストセラーとなり、第10篇で完結する予定が、さらに続篇が発行され、最後の第15篇の初版が刊行されたのは、北斎が死んだあとの1878(明治11)年であった。また、国際的にも全15篇3,900あまりの絵からなる北斎芸術の集大成として賞賛を受けている。
通常、浮世絵の版木はある程度摺られると、別の新作品の版木に再利用されることがあるのだが、こうした人気のせいだろうか、『北斎漫画』の版木はリサイクルされることなく残され、初版の版元・永楽屋から明治後期に吉川弘文館へ移り、さらに京都の出版社・芸艸堂の所有となった。明治中期に創立し、現在も美術や歴史関係の出版で実績のある芸艸堂は、いずれ処分される運命にあった江戸期の浮世絵や刊行物の版木の買い取り事業を創立当時から行っている。『北斎漫画』もそのひとつである。
今回は、芸艸堂所蔵の永楽屋以来の伝承版木によって再摺した『北斎漫画』各巻所収の代表的な図柄を額装した作品や版木などの資料など約130点で構成される。モネやゴッホ、ゴーギャン、ガレなどの世界の美術史に名を残す芸術家から、名もない江戸の職人などの庶民にまで親しまれた『北斎漫画』の世界を、発行当時の摺りの状態で楽しんでもらう展覧会である。