カンボジアの北西部にある「アンコール遺跡群」は、東南アジア最大の規模を誇る文化遺産で、1992年にユネスコの世界遺産に登録されました。なかでも「アンコールワット」は、壮麗な石造寺院と傑出した彫刻群により、その名を広く世界に轟かせています。「アンコール」とはクメール語で「王都」、「ワット」は「寺院」を意味し、「寺院による王の都」と名づけられた、総面積が東西南北2キロ四方にも及ぶ広大な遺跡です。
6世紀頃にクメール人によって開かれたクメール王国は、アンコールの地を首都とした9世紀からおよそ600年にわたって永く繁栄し、ヒンドゥー教や仏教を母胎としたアンコール文化が華開きました。歴代の王によって神々を祀る大寺院が数多く築かれ、12世紀にはスーリヤヴァルマン2世による「アンコールワット」の建立を機に文化は最高潮に達しています。しかし15世紀以降、侵略や首都の放棄により遺跡は苦難の歴史を辿りましたが、19世紀以降はフランスによる修復・保存が進められ、20世紀後半の内戦を乗り越えて、今日では世界的な知名度を有する文化遺跡となっています。
本展では、アンコール王朝最盛期の彫刻を中心に、プノンペン国立博物館とシハヌーク・イオン博物館の所蔵する名品67点を公開いたします。代表的な出品作としては、肖像彫刻の白眉である《ジャヤヴァルマン7世の尊顔(頭部)》や、文学者の三島由紀夫が感銘を受けたという大作の彫刻《鎮座する閻魔大王ヤマ王》など、アンコール美術を代表する傑作群をはじめ、上智大学のアンコール遺跡国際調査団がバンテアイ・クデイ遺跡で発見した11点の仏像群も大きな見どころとなっています。人類の偉大なる遺産に対する国境を越えた熱意と努力が実り、豊麗な姿を蘇らせたアンコール文化の至宝の数々をご堪能いただける絶好の機会と存じます。
なお、肥後熊本の藩主・加藤清正の家臣、 森本儀太夫一久の息子であった森本右近太夫一房が、亡父の菩堤を弔うため1632年にアンコールワットを訪れ、参詣したことを回廊の柱に墨書で記したことが知られており、熊本とも深い縁を感じさせる世界遺産です。