琉球列島の南西に連なる島々を私たちはいつの頃からか「八重山」と呼んでいます。琉球王国の時代も、日本となった今も、西と南の国境である、30近い島々から成り立つ八重山―この島々をあらゆる角度で眺めてみると、海を道として、自然、人、モノが行き交う場としての八重山が見えてきました。
琉球列島のなかでも亜熱帯の要素を色濃く見せる自然、琉球王国に組み込まれていく歴史、来訪する神々への祭祀儀礼とそれに伴う奉納芸能、それと相対するように八重山の支配階級に普及する学芸文化など、八重山の多様な姿は、私たちに琉球史の別の側面を示してくれます。
石垣市白保の白保竿根田原洞で出土した約2万年前の人骨も期間限定で公開予定。