夢二の生まれ故郷である岡山県邑久郡(現在の岡山県瀬戸内市)本庄村は、近くに 朝鮮通信使 航行の要港であった 牛窓(うしまど)の港 があり、かつてはそこから、旅人 や 富山の薬売り、阿波(あわ)の人形芝居 や伊勢神楽(いせかぐら)などが 頻繁に往来していた 地域でした。
村の顔役であった 夢二の祖父、父は よく旅芸人たちの世話をし、ときには 村芝居 の 勧進元(かんじんもと) を勤めるほどの<芝居> 好き でもありました。この地方の村では 芸能(歌舞伎や浄瑠璃など)を楽しむことは
日常であり、幼い夢二が 姉・松香 の小袖をかついで<芝居> の真似ごとをして遊んでいた様子を描いた、冒頭の「芝居ごと」(『櫻さく嶋 春のかはたれ(さくらさくしま はるのかわたれ)』に掲載)などの 自著にみられま。
このような環境で <芝居> に親しんで育った夢二は、芸能 に対する 造詣が深く、歌舞伎 や 浄瑠璃 に材をとった作品(芝居絵)を多く遺しました。独自の感性でとらえた表現、単なる一場面にとどまらない深い情感をたたえた画面からは、特別の思いを持って取り組んだ題材であったことがうかがえます。
義理と人情のしがらみや、男女の極限の愛 などをテーマとした上方(かみがた)の和事(わごと)を 特に好んだ夢二。本展では、さまざまに揺れ動く人々の心 を 見事に集約した、夢二ならではの「芝居絵の世界」をご紹介します。