静寂なパリの街角や、古びた教会を慈しむように描き出した芸術家モーリス・ユトリロ(1883-1955)は、「モンマルトルの画家」として日本でも親しまれてきました。中でも白を基調として表現するいわゆる「白の時代」に描いた初期のパリ風景は、透明感のある深い美しさをたたえ、高い評価を受けています。
モデル出身の画家スュザンヌ・ヴァラドンの私生児として生まれたユトリロは、孤独な少年時代にアルコール依存症となり、その治療のために絵画を始めたという数奇な人生を歩みました。同時代のパリには、モディリアニやピカソらが頭角を現し、キュビスムやシュルレアリスムなど様々な様式が出現していた時代です。ユトリロは一貫して写実的な手法で郷愁を誘うパリを描きつづけた稀有なフランス人画家でした。
闘病の影響や著しい作風の変化などでフランス国内における評価が定まらず、パリでは50年以上展覧会が開かれていませんでしたが、近年になって積極的な再評価の動きが生まれています。本展では、初期の「白の時代」から「色彩の時代」を経て晩年にいたる油彩を中心に、世界有数のコレクターの所蔵品から精選した約90点の作品により、ユトリロの画風の変遷をたどります。全作品が日本初公開という、美術愛好者必見の貴重な機会です。