逸翁はその生涯で幾度か、海外を旅しています。
それは公人としての仕事であったり、時に私的な訪問であったりしたこともありました。
現代でこそ、海外を旅することは珍しくなくなりましたが、昭和の初期頃、今ほど海外は身近なものではありませんでした。
けれども、そんな中でも多くの日本人が異国を旅することによって、情報のみならず、様々なものがもたらされたのです。
逸翁の旅もまた、多くの先人達にならい、当時逼迫していた社会の情勢を見極めるためだけのものではなく、文化・芸術・美術の見聞を広めるためのものでもありました。
エジプトで立寄った博物館、イギリスで上演されていた「ロミオとジュリエット」、 フランスで見学したセーヴル国立工場、蚤の市、インドネシアから持ち帰った更紗。
それらは逸翁の中で吸収され、宝塚歌劇のレビューや、劇場経営、自ら催した茶会の道具として見立てられたりなど、広く世に知られるところとなります。
特に、訪問先の国々で博物館・美術館を訪れて、その国の文化に接したことは、後に逸翁が唱える「一都市一美術館」論の基となっていきます。
文化や芸術・美術に触れることは、人々の心を豊かにし、いずれは国をも潤し豊かにしていく、 という逸翁の持論は、修正変わることはありませんでした。
自ら青写真を描き、美術館を建設するという夢は、やがては美術館を中心とした「池田文化施設」の設立構想へと発展していきましたが、残念ながら実現を見ることなく、逸翁はこの世を去りました。
この度の展覧会では、西洋美術品を中心に、逸翁が諸外国より持ち帰った作品を展示いたします。
逸翁が海外へ向けた眼差しをご覧下さい。