山口蓬春記念館では、山口蓬春(1893-1971)が描きとめた多数の素描類を所蔵していますが、そこには様々な花が描かれています。蓬春は自身の絵のモティーフとするために多くの草花を庭園に植え、遺された素描からは蓬春の花を愛でる気持ちを窺い知ることができます。
素描について蓬春は、「観たまま、感じたまま、知ったままを、一つの写生の中に包括することが出来るようになれば、その写生は立派な写生であり、このような写生に依って初めて立派なタブロウ(*)が創作されることになるのである。」(山口蓬春『新日本画の技法』昭和26年)と述べています。この「観たまま、感じたまま、知ったまま」とは、ものを視覚でとらえた観たままを描き出すだけでなく、そこに自己感動があらわれ、またそのものが最も美しく見える状態を知るということであり、このような素描が出来るようなるまでには、相当に永い訓練が必要になると述べています。
また「日本画に於ける写生は、一つの独立した画面を制作するための準備運動であって、昨今ジャーナリズムが雑誌や新聞の上に、素描と称して頻りに取り上げて居るような人に見せるのが目的のものではない。ジャーナリズムなどの要請に基いて、特に人に見せる目的で作った写生には、時に、素描体でタブロウに近いものや、或は、素描化された一種気取ったスタイルを持つものも出来るが、日本画に於ける写生の原則は、飽く迄も自分のため、即ち、自分の創作の基礎を作るためである。」 (同上)としていることから、素描とは作家がものを観察し造形的に基礎づける純粋な段階であり、素描を見るということは、その作家の芸術創造の舞台裏を垣間見ることなのかもしれません。
本展では、このような創作の原点とも言える素描に焦点をあてて、蓬春の目を透して描かれた四季の花々の世界を展観いたします。