小野竹喬は、「日本の風土」と題した文章の中で、「日本の風景は、どこに行っても、雄大というには、少し遠い感じであるが、それなりに題材としては困らない。風景の中にある香りのようなもの、それを捉えるにはさりげない目立たないものでも、一向差支えはないようである」(『三彩』268 昭和46年1月)と語っています。竹喬の描く風景は、神秘的で近寄り難い自然ではなく、身近にある自然の姿です。身近な自然のかすかな息吹や微妙な変化は、画家自身が例えたように、「香り」の如く、捉えるのが容易ではない上、その存在に慣れると感じとれなくなってしまいます。しかし、竹喬は常に自然に対して敬愛の念を抱いて、親密なまなざしを注ぐことにより、馥郁たる「香り」を捉え、それを明るく澄んだ色彩で描き続けました。
今回の展示では、竹喬美術館所蔵の竹喬作品731点の中から、初期から晩年までの本画、素描など、自然の「香り」を放つ作品を紹介します。時代によって、竹喬の「香り」の捉え方やその表現の方法には大きな変化があります。西洋近代絵画への傾倒を示す大正期の、自然と対峙することで対象を捉えようとする姿勢から、戦後の平明な表現の中に自然に近づいて親しく見つめようとする態度が現れるまでの変遷を詳細にたどります。そのほか、テーマ展示として、前期では、同時代の画家の自然を描いた作品をいくつかご紹介し、竹喬独自の自然の捉え方との比較を試みます。また後期では、竹喬の大正8年第2回国画創作協会出品作《夏の五箇山》と、その3年前にスケッチした五箇山付近の素描を展示し、本画には描かれていない周囲の自然を紹介することによって、《夏の五箇山》を中心とする世界をお楽しみいただきます。
今回の展覧会により、竹喬のとらえた自然の「香り」を作品の中に感じていただくと同時に、その「香り」を、竹喬が感じたように、私達を取り囲む現実の草花や木々や空、そして日々うつろい行く季節の中に感じていただければ幸いです。