美術史を学び、ダダの影響を受けて彫刻を始めた岡崎和郎(1930-)は、1960年代に確立した「御物補遺」(ぎょぶつほい)というコンセプトに基づき、精巧な造作に鋭いユーモアを湛えたオブジェと平面作品を手がけてきました。
御物補遺とは、辞典などの書物に追加される補遺[Supplement]のように、美術の表現世界に欠落した要素を補うものを意味する、岡崎独自の造形概念です。日常の事物や美術史の先行作品を型抜きや反転といった手法で造形化する岡崎の作品は、見る者の知覚を活性化し、通常の美術の見方を一新させる栄養補助品サプリメントでもあります。その造形性と一貫した創作姿勢に加え、自らの戦争体験に根差しながら、日本や人間存在に対する深い洞察が込められた
一連の作品は、日本の戦後美術に重要な位置を占めるものとしてその評価を高めています。
庇(ひさし)をモティーフに空間についての考察をうながす「HISASHI 」のシリーズによって、補遺の概念は近年その空間性を拡げ、環境をも取り込むスケールを備えるようになってきました。鶴岡八幡宮境内の平家池に面し、自然と調和したモダニズム建築の鎌倉館で開催される本展では、「休息・再生・記憶」を主題とする岡崎和郎の作品世界が建築空間や周囲の環境と補完しあい、いわば美術館全体が「補遺の庭」となることでしょう。
岡崎和郎の仕事と造形思考を広く紹介し、現代美術の未知なる可能性に気づくための機会となることを期待して、新作を含む代表作約45点を精選して展示します。