橋口五葉は、「大正の歌麿」と謳われるように、繊細・華麗な美人画を得意とした近代を代表する木版画家です。また、夏目漱石の小説『吾輩は猫である』の表紙絵を描くなど、卓越したデザイン感覚によって装丁家としても活躍しました。本展覧会では、ちょうど五葉が装丁家として世に出始めた頃、1903(明治36)~1905(明治38)年にかけて描かれた肉筆葉書絵106点と関連資料を、一挙に公開します。
1881(明治14)年に鹿児島市新屋敷町の藩医・兼満の三男として生まれた五葉が装丁家としてデビューしたのは、東京美術学校西洋画科在学中の1904(明治37)年に、夏目漱石の薦めで高浜虚子の雑誌『ホトトギス』に挿絵を発表してからのことです。当時の日本では、1900(明治33)年の私製葉書解禁により絵葉書が大流行していましたが、そうした世相のなか、五葉も数多くの肉筆葉書絵を描き、知人に贈るなどしています。雑誌の挿絵も葉書絵も、限られた小さな空間の中に装飾性あふれる図案を施す点で似通っていますが、知人に宛てた絵葉書という私的な作品からは、五葉がより自由に楽しみながら様々な描き方に挑戦した様子が窺えます。
今回展示する作品では、風景、花、人物、美人、物語風と多様な題材が扱われており、その形式も水彩による淡い色彩を生かした繊細なものや、鮮やかな色彩による輪郭線を効果的に用いた装飾的なもの、当時流行していたアール・ヌーボー風の美人画に小花をあしらった優美なものなど多岐にわたり、見る者の目を楽しませてくれます。
手のひらサイズの画面の中に込められた五葉の意匠をご堪能ください。