現代美術シーンにおける彫刻的表現で秀逸な活動を展開する2人の作家―ヤン・ファーブルと舟越桂―をとり上げ、彼等が共通の背景として持つ宗教概念を象徴的に示す歴史的作品(フランドル絵画の宗教的図像、狩野芳崖、河鍋暁斎の観音図等)とともに展観する大規模な二人展。本展は、ルーヴル美術館で近年話題となった企画(「変貌の天使」展、2008年)を参照し、同展企画者のマリー=ロール・ベルナダック氏をゲスト・キュレーターとして迎えて立ち上げる共同企画展である。
ベルギーに生まれたヤン・ファーブルは、1980年代より、昆虫や動物の死骸、剥製、血や塩といった素材を作品に取り入れ、人間の生と死、精神性、宗教性を問うてきた。演劇やパフォーマンスなど多岐に渡るファーブルの表現世界は、キリスト教文化や思想という西洋の精神性の現代的解釈・批評そのものである。
一方、舟越桂は一貫してクスノキによる木彫を手がけ、人間の姿を表現し続けている。作品全体には、のみ痕の力強さとともに繊細さが調和し、独自の表現世界が確立されている。初期に聖母子像などの聖人像を手掛けた舟越は、その後の人物表現においても超越性、精神性に満ちた木彫世界を創出してきている。近年ではスフィンクスというモチーフも加わり一層多様性を増す舟越の作品世界は、仏教彫刻の伝統をも内包する宗教性に満ちた表現である。
ファーブル自身のルーツであるフランドルで生まれたフランドル絵画の宗教的図像をひとつの核としてファーブルの造形表現を俯瞰することによって、ファーブルの作品世界の背景にあるキリスト教文化や精神性との関係性を問い、日本における西洋近代主義受容の様相や展開を象徴的に示す狩野芳崖、河鍋暁斎の観音図をもうひとつの核として舟越の作品世界を俯瞰することによって、舟越の作品世界に息づく独特の日本的宗教観を問う。
このように本展では、両作家の作品世界を対比的に検証することによって、両洋の精神性の根源に多角的にアプローチすることを試みる。西洋における近代主義の多様性に触れつつ、西洋中心主義の観点からは周縁に位置する日本のモダニズム受容の様相を相対的に検証し、グローバリズムがますます進む世界状況のなかで、前世紀に、社会から分断され断絶されたかに見えた宗教美術が現代美術の底流においていかなるかたちで受け継がれているかをあぶり出し、その行方を考える。