過剰な物質と過激な色彩に溢れた現代社会に生きている私たちは、日常生活のなかで、常に喧騒に晒され続け、一瞬たりとも心身の休まる時間がありません。朝から晩まで絶え間なく時間に追われ、仕事も余暇も食事も睡眠も満足にできない毎日に忙殺されて、反射的な瞬時の判断や金銭的な損得勘定ばかりが求められ、自己の存在や物事の本質について考えることも、優しい気持ちで愛を語り、お互いを思いやることすら忘れられています。このような現代社会において、貴重で稀有な「救済の場」となるのが美術館です。広々とした静かな空間のなかで、ゆったりとした時間の流れに身を任せて、自己の眼と心を開いて、美術作品と向かい合うことで、そこから密やかに現れてくるものや微かに聞こえてくるものを感じる体験は、持続的で強烈な刺激に摩減、消耗した私たちの心身を快復するためには、何よりの良薬になります。
桑山忠明(1932~)と村上友晴(1938~)は、二人とも日本画から出発して、現在ではミニマル・アートの文脈のなかで、国際的にも高く評価されている美術家です。この二人の美術家が長い時間を掛けて、ゆっくりと制作の歩みを続け、少しずつ作品を積み重ねるなかで、築きあげてきた二つの世界(それは共通性を持ちながら対照的なものですが)を連続して鑑賞することは、私たちが生きていくために大切なことを思い出して、それを取り戻す絶好の機会になります。
神社の境内や寺院の堂宇のように、教会の礼拝堂やモスクの聖堂のように、あるいは古代遺跡の神殿や砂漠の洞窟のように、二入の美術家の世界が広がった美術館の展示室のなかで、過ぎ去った時間に生きた人間の気配が漂う清らかな空気に満たされた「静けさのなかから」密かに現れてくるものと出会い、わずかに聞こえてくるものと対話を交わすことを願っています。
また、今回の展覧会は、新作を含めた連続個展という形式で開催するものですが、それぞれの美術家にとって初めての本格的な回顧展として、極めて貴重な機会になります。
前期(桑山忠明):2010年4月24日(土)~5月30日(日)
後期(村上友晴):2010年6月1日(火)~7月4日(日)