1956年、個展「人間の土地」により、それまで全く無名だった青年が、ひとりの写真家として日本写真史上に確固たる地位を築いた。1950年に松江高校を卒業し、早稲田大学大学院在学中だった奈良原一高である。
このシリーズは、長崎沖の軍艦島と熔岩に埋もれた桜島・黒神村に取材し、外界から隔絶された極限状況の中で人間が生きることの実存的な意味を問いかけ、発表と同時に大きな反響を呼んだ。続く個展「王国」(1958)では、心理的な極限状況といえる修道僧と女囚の世界へと分け入り、日本写真批評家協会新人賞を受賞した。そして翌年、東松照明・細江英公・川田喜久治・佐藤明・丹野章と、写真家によるセルフ・エージェンシー「VIVO」を結成、その新鮮な映像感覚によって、日本の写真表現を塗り替えていく。
その後、4年間のヨーロッパ滞在の成果を纏めた写真集『ヨーロッパ・静止した時間』(1967)で、日本写真批評家協会作家賞、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞を受賞。さらに、日本の伝統を新鮮な視覚で捉えた『ジャパネスク』(1970)、広大なアメリカ大陸に対峙した『消滅した時間』(1975)、また『ヴェネツィアの夜』(1986)をはじめとするヴェネツィア・シリーズを纏め上げている。奈良原は、自らの身を置く「場」を移しながら、そこに生きる人間の生命力を、巨視的な視野で捉え、極めて独創的で詩情豊かな映像を生み出し、国際的な評価を得た。この展覧会では、作品約500点で奈良原一高の写真の全貌に迫り、その核を形成した50~60年代に焦点をあて、魅力の本質を探る。