明時代の終わりごろ、灰色がかった粗い素地に失透性の釉薬を厚く施し、赤や緑の上絵具でのびやかな文様を描いた磁器が量産され、東南アジアや日本に向けてさかんに輸出されました。南京と呼ばれた景徳鎮窯産の磁器に対し、中国南部で焼かれた磁器という意味で「呉州」と呼ばれるようになり、1990年代に入って福建省南部の〓州近郊で焼かれていたことが明らかになりました。燃えるような赤と生気溢れる筆づかいには、景徳鎮の磁器とは異なる独特の魅力があります。同時期に〓州窯で焼かれた呉州青絵や呉州染付、餅花手もあわせてご覧いただきます。また、香合や菓子鉢として茶席で珍重された呉州赤絵や、江戸時代後期に各地で焼かれた呉州赤絵写しを展示し、日本文化との深いかかわりを検証いたします。
※〓はさんずいに章