彫刻家として近代日本彫刻史に大きな足跡を残した石井鶴三(1887-1973)は,油彩,水彩,版画,挿絵,漫画,著述など様々な分野で活躍し,なかでも挿絵においては大正後期より充実した仕事ぶりを見せ,いくつもの名作を生み出しました。鶴三の挿絵は単なる小説の添え物にとどまらず,単独でも鑑賞に耐える創造性や芸術性を備えていたことから,当時,挿絵というジャンルの価値や地位を向上させることになりました。
鶴三は,昭和10年から14年まで東京・大阪の朝日新聞で連載された吉川英治の「宮本武蔵」の後半部分にあたる「空の巻」「二天の巻」「円明の巻」の挿絵を担当しました。剣を通して己を磨く青年武蔵や,武蔵にまつわる人間模様を,簡潔な線描や墨の濃淡を駆使して巧みに描き出した鶴三の挿絵は,賞賛と好評をもって迎えられました。本展では「空の巻」「二天の巻」「円明の巻」より67点を選び,鶴三の挿絵原画の魅力を紹介いたします。