20世紀初頭にカンディンスキーやマルクら若い芸術家たちによって始まったドイツ表現主義の運動は、やがて遠く日本においても「表現派」として紹介され、ときには交流もし、少なからぬ影響を与えました。同時代の雑誌に彼ら表現主義の芸術家たちの挿図が数多く掲載されたり、築地小劇場がドイツ表現主義の戯曲の翻訳劇を上演したりするなど、いくつも例を挙げることができます。
しかしそれは、受容する日本の側にドイツ表現主義に共感する何かがすでに備わっていたからにほかなりません。その重要な要素として、岸田劉生ら大正時代の生命主義を挙げることができましょう。柳宗悦ら『白樺』に集った人々の神秘的なものへの傾斜など、生命主義的な傾向は日本のその後の芸術表現にとっても重要な意味をもちました。
日本における表現主義の受容としては、最も顕著な恩地孝四郎らの版画、さらに洋画や建築の分野を挙げることができます。しかし、それだけにとどまりません。その躍動するような魂の表現は、日本画においても出現しました。たとえば南画では主観性に着目する傾向を強め、新南画の隆盛へとつながるなど、領域を問わずに多彩な広がりを見せました。
そして後には生活の領域にまで幅広く流行していき、1930年代頃の街は「表現派」が溢れることになったのです。
本展では、日本の近代以降、生命主義につながる芸術表現を発端として、ドイツ表現主義とその影響、そしてそれが生活領域に広がるまでを、洋画、版画、日本画、彫刻、工芸、建築、写真、舞台美術、映画資料などさまざまな分野の約350点で紹介します。